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東京高等裁判所 昭和28年(ネ)1307号 判決 1960年9月28日

控訴人 関東信越国税局長

訴訟代理人 河津圭一 外五名

被控訴人 田代平

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決中控訴人敗訴の部分をとりけす、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする旨の判決をもとめ、被控訴代理人は控訴棄却の判決をもとめた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否はつぎのとおりつけ加えるほか原判決の事実らんにしるすところと同一であるからこれを引用する。

控訴人の主張

一、原審が、控訴人が被控訴人の昭和二十四年度の農業所得として計上した九万九千三百三十二円を被控訴人の所得でなくその子田代壮の農業所得と認定したのは不当であり本件控訴においてそのとりけしをもとめるものである。

二、昭和二十四年度において被控訴人が農業を営んでいたことは、原審において主張した(一)ないし(七)の事実(原判決七枚目表)のほかつぎの各事実によつてもあきらかである。(八)被控訴人は昭和二十四年中食糧確保臨時措置法第十四条にもとずく公選による農業調整委員であつた。農地について耕作の業務を営んでいる者であることが農業調整委員の被選挙権者の要件であり、在任中耕作の業務を営むことをやめた場合はその地位を失うのである。(九)被控訴人は農業委員会委員選挙人名簿に登載せられている。(十)農業委員会作成の農地台帳に耕作者として記載されている。(十一)昭和二十四年度の所得税予定申告書、同確定申告書中扶養親族の申告に被控訴人と田代壮の各扶養親族が一部重複していること(十二)昭和二十四年ころ田代壮は被控訴人から生計費の援助をうけて生計を維持していたのである。もし同年中被控訴人と壮が世帯を別個にしていたとするならば壮の世帯は壮を含み三名(妻および長男)であり、被控訴人の世帯は被控訴人を含み十名(妻および四男四女)であつた。しかるに同年度分の壮の確定申告にかかる農業所得は金九万千五百四十四円であるから一人あたり所得は金三万五百十四円であり、被控訴人の本訴において主張する営業所得は金十四万三千七百四十八円であるから一人あたり所得は金一万四千三百七十五円である。はたしてそうだとすれば被控訴人方の一人あたりの所得は壮方一人あたりの所得の二分の一にたらないのであるから被控訴人が壮の生計費を供与することはあり得ないのである。しかるに現実は前記のとおりこれに反していた。この事実は農業所得も被控訴人の所得であつて被控訴人のこれらの所得をもつて壮らも生計を維持していたことの証左である。(十三)被控訴人は、同人が原告として氏家税務署を被告とする宇都宮地方裁判所昭和二五年(行)第二八号国税徴収法による差押処分取消事件の訴状冒頭において自ら農業経営者であることを認めている。すなわち真実を吐露したものにほかならない。

被控訴人の主張

一、控訴人が昭和二十四年度の被控訴人の農業所得として合計九万九千三百三十二円と決定したその数額、この所得の生じた同年度水稲畑作の作付面積石数農業所得標準率が被控訴人主張のとおりであることは認めるがみぎは被控訴人の所得でなくその長男田代壮の所得である。

二、昭和二十四年度において被控訴人が農業を営んでいたことを示すものとして控訴人の主張する(一)ないし(十三)の事実のうち(一)(二)(五)(六)(七)(八)は認める、(三)(四)は否認する。

三、被控訴人の長男壮の実母スイは被控訴人と昭和八年四月九日離婚し、その後被控訴人は中山キミと婚姻し、両人の間には男四人女三人の子女があり、長男壮とキミとは継母子の関係にあるため被控訴人は農業経営を長男に任せ農業を承継させ、二男真に精米麦等の経営を承継させることにした。しかして壮は昭和二十二年五月二十六日若林イネと婚姻し昭和二十四年中に長男稔を挙げた。みぎのような関係から一家の平和を保つため普通より早く壮をして独立させたのであつてこの独立の生計を営む壮の所得を被控訴人の所得に合算し課税したのはあきらかに不当である。

また控訴人の主張する(イ)被控訴人が農業協同組合に加入しており壮が加入していないことは事実であるが組合加入は農業経営者を強制加入せしめるものでなく、農業経営者でありながら組合に加入していない者も数多くある。(ロ)農業協同組合に被控訴人名義で農作物代金が預金されているのは組合において誤つて記入したのであつてこの記入があつたからといつて被控訴人の所得とはならない。(ハ)農業委員会選挙人名簿に被控訴人の名が登載されているのは無資格者が誤つて記載せられたのでその記載があるから被控訴人が農業経営者であるというのは本末顛倒の議論である。(ニ)農地台帳原本に自作農として記載されていたことは昭和二十三年まで被控訴人が農業経営者であつたのであるからその後記載が訂正されないのであつてこの記載があるからといつて被控訴人を農業経営者であるということはできない。(ホ)本件農業所得発生の基礎たる農地は被控訴人の所有に相違ないが、旧民法のごとく隠居の制度があれば格別そうでない場合長男に農業経営を譲つた父親が直ちに農地の所有権を譲渡することはきわめて稀のことである。(ヘ)農作物代金を受けているというが昭和二十四年度ではわずかに馬鈴薯超過供出十三貫の記載があるのみで他はすべて昭和二十三年度産である。わずか十三貫の馬鈴薯供出の事実の記載があるからといつて農業経営者であるということはできない。(ト)昭和二十三年十一月三十日から昭和二十六年七月三十日まで農業調整委員になつているというが資格喪失によつて直ちに辞任しなかつたためでこれにより農業経営者と認定することはできない。(チ)被控訴人が宇都宮地方裁判所昭和二五年(行)第二八号国税徴収法による差押処分取消事件につき訴状の冒頭に「自ら農地経営者である」と記載したことは誤記であつて直ちに取消したのである。被控訴人が昭和二十四年度において農業経営者であつたとする控訴人の主張は独断である。

証拠関係<省略>

理由

被控訴人が昭和二十四年度の所得額を所轄氏家税務署長にたいして確定申告をしたところみぎ税務署長は昭和二十五年二月二十六日みぎ所得額を金三十三万九千三百円と更正決定したが被控訴人はこれに不服であつたので控訴人にたいしみぎ所得額について審査請求をしたこと、控訴人は昭和二十六年五月二十一日みぎ所得金額を金三十万四千円と審査決定をなし、被控訴人に同年六月七日その旨の通知をしたこと、みぎ決定された三十万四干円の所得額のうち営業所得は二十万四千七百円、残九万九千三百円は農業所得九万九千三百三十二円の端数を切り捨て査定されたものであることは当事者間に争ないところである。

被控訴人はみぎ農業所得の生ずる主体は訴外田代壮(被控訴人の長男)であり被控訴人自身ではないと主張し、原裁判所はみぎ主張を認容したもので控訴人はこの点について本件控訴をなしたものであることは当事者双方の主張によつておのずから明らかである。

よつて案ずるに当裁判所はみぎ農業所得の生ずる農業経営の主体は訴外田代壮であると判断するものであつてその理由はつぎのとおりつけ加えるほかこの点に関する原判決理由(判決書十六枚目表第八行ないし十七枚目裏第一行-ただしその内「思うに重労働を必要とする農業経営には年令的に言つても稼働能力のあるものと推定できる原告の長男壮が当るのが適当である」とある部分を除く)をここに引用する。

一、成立に争ない甲第二十一号証、乙第三十三号証、当裁判所の成立を認める甲第十四号証、原審証人田代壮の証言、原審における被控訴人本人尋問の結果によると、田代壮は被控訴人の長男であるが被控訴人は昭和九年に現在の妻キミと婚姻し、壮とキミとはいわゆる継母子の関係にあつたこと、壮は昭和二十二年五月に妻イネと婚姻したこと、みぎのような関係で被控訴人の家庭がとかく円満を欠いていたので昭和二十三年十一、二月ころ壮の叔父の仲介で、農業は全部壮が営み、被控訴人は精米業を営むこととし、それ以来これを実行し被控訴人と壮とは別棟の家屋でそれぞれ生活していることを認めることができる。これをくつがえすにたる証拠はない。

二、成立に争ない甲第五号証と原審証人田代壮の証言をあわせると氏家税務署長は田代壮の昭和二十四年度における農業所得を十万八千円と査定し、その所得税として一万円をみぎ壮において納付したことを認めることができる。また当裁判所の成立を認める甲第十五号証に原審証人田代壮の証言をあわせるとみぎ田代壮は昭和二十四年中同人名義で肥料の配給を受けている事実を認めることができる。これらの事実はいずれも昭和二十四年中本件農地の耕作者は田代壮で同人が農業経営の主体であつたことをたしかめ得る資料である。もつとも成立に争ない甲第十号証、乙第十五号証によると氏家税務署長は昭和二十七年八月五日前記昭和二十四年度の田代壮の農業所得の査定を零とする旨更正し、同月十三日その通知を田代壮にあてしていることを認めることができるが、みぎの更正手続は本件不服の訴が提起せられた後になされたものでにわかにその正当なることを認めがたい。また成立に争ない乙第五号証の記載内容も前記甲第十五号証にてらしにわかに信用しがたいところであり、他にみぎ認定をくつがえすにたる信ずべき証拠はない。

三、被控訴人が昭和二十四年度において農業を営んでいたことを示すものとして控訴人の主張する(一)ないし(十三)の点について以下判断する。

(一)  被控訴人が昭和二十三年まで継続して農業経営の主体であつたことは当事者間に争ないところである。しかし、前記認定のとおりの事情により昭和二十四年のはじめから田代壮が被控訴人に代つて農業を営むことになつたことが確認されるのでこの点になんら不審はない。

(二)  昭和二十四年において被控訴人は農業協同組合に加入し、田代壮はこれに加入していなかつたことは当事者間に争ないところであるけれどもこのことは未だ実質上同年度の農業経営者が被控訴人であり田代壮が農業経営者でなかつたと認むべき決定的事由とはいえない。

(三)  農業についての事業税を従来被控訴人が負担していたとしても、そのことは昭和二十四年以降壮が農業経営者となりこれを負担すべき関係となつたことを認定するなんらさまたげとならない。

(四)  当審証人大井正美の証言により真正に成立したものと認める乙第六号証の一、二によると農業協同組合の被控訴人名義の貯金台帳に昭和二十四年中農産物の代金が積立てられた旨の記載が認められるけれども当裁判所が真正に成立したと認める甲第十六、十七号証、同第十九号証によるとみぎ記載は田代壮の貯金と混同の生じていることが認められみぎ乙号証の記載をもつて被控訴人が昭和二十四年度農業を営んでいたことを認むべき証拠となしがたい。

(五)-(七) 本件農業所得の生ずる田畑の所有名義が被控訴人名義になつていること、被控訴人と田代壮との間にみぎ農地について賃貸借等の法律関係のないこと、みぎ両人の生計において保有米を一括して獲保していることはいずれも当事者間に争ないところであるが、被控訴人と壮が父子の関係にあることを思えばこれらの事実もまた壮が昭和二十四年度から農業経営の主体となつたことを認定するさまたげとなるものではない。

(八)  被控訴人が昭和二十四年中食糧確保臨時措置法第十四条にもとずく公選による農業調整委員であつたこと、農業を営んでいることがみぎ委員の被選挙権者の要件で、在任中農業を営むことをやめた場合はその地位を失うことは当事者間に争ないところであるが、成立に争ない乙第十四号証によると被控訴人がみぎ委員に就任したのは同人がいまだ農業を営んでいた昭和二十三年中のことであることがあきらかで、したがつて昭和二十四年以後もそのまま形式上委員として認められていたとしてもこの事実をもつて被控訴人が同年度も農業経営の主体であつたとなすことはできない。

(九)  被控訴人が農業委員会委員の選挙人名簿に登載せられていることについては被控訴人においてあきらかに争わないところであるが前記のように昭和二十四年一月以降被控訴人はすでに農業を営むことを止めたことが確認できるのであるからむしろみぎ選挙人名簿の記載に誤りがある場合と考え得るのであつて、これをもつて前記の認定をくつがえす理由とすることはできない。

(十)  農地台帳に被控訴人が耕作者として記載せられていることも被控訴人においてあきらかに争わないところであるがこれも昭和二十三年度まで被控訴人が耕作者であつたことに相違ないのでその後みぎ記載が訂正されないままになつていることもあり得るから前記の認定をくつがえす理由とはなしがたい。

(十一)  なるほど成立に争ない乙第十三号証の一ないし四によると被控訴人の昭和二十五年度分所得税予定申告、確定申告中には田代壮の扶養家族が被控訴人の扶養親族として記載せられ、田代壮の同年度所得税確定申告中には被控訴人の扶養親族がみぎ壮の扶養親族として記載せられていることがこれをもつても前記のとおり被控訴人と壮とが昭和二十四年以降それぞれ精米業と農業とを別々に営んで生活している事実を認定するさまたげとはならない。

(十二)  また控訴人は、昭和二十四年ころ田代壮は被控訴人から生計費の援助をうけて生活していたと主張するけれどもこれを確認するにたる証拠はないから控訴人(十二)の主張は採用できないところである。

(十三)  被控訴人を原告とし氏家税務署長を被告とする宇都宮地方裁判所昭和二五年(行)第二八号国税徴収法による差押処分取消事件の訴状に被控訴人が農業経営者である旨記載せられていることは当事者間に争ないところであるが被控訴人が従前久しく農業を営んでいたことは前認定のとおりであるからみぎは同訴訟において被控訴人の訴訟代理をした岡本繁四郎が右事実にもとずく被控訴人を従前どおり農業を営むものと誤記したものと考えられないことはないからこれをもつて昭和二十四年において田代壮が農業経営の主体であつたことを認めるさまたげとなしがたい。控訴人の(十三)の主張も採用できない。

すなわち控訴人のみぎ(一)ないし(十三)のどの一つをとつてもあるいはそのいくつかを合しても原審ならびに当審の前示認定をくつがえすにたりない。

四、当審証人植竹徳次郎、根岸宏、大井正美の各証言ならびにすでに判断した以外の控訴人提出にかかる乙号各証によつても原審ならびに前示各認定をくつがえし被控訴人が昭和二十四年度において農業経営の主体であつたことを認めるにはたりない。以上の次第で原判決は正当であり、本件控訴は理由がないから

これを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 牧野威夫 谷口茂栄 満田文彦)

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